りせっとできるげーむのへいがい

とりあえず捨て熊*1に恨みはないのだけど、原作読んだことないこれのストーリーはさておき、当時あの手の言説について思ったことを少し。


ああいう言説が的外れな一因は、まず子供がゲームを結構真剣に*2やってるということを理解してない点にあると思う。
一時は「リセット」がよく槍玉に挙げられていたものだけど、そもそもリセットボタンを押すときに子供たちがどれだけ苦悩したか分かってるのかこの野郎!!
そこまで進めるのにかけた時間と苦労を無駄にしなければならない「リセット」とはどれだけ苦悩を伴う行為であるか、どれだけ忌むべきものだったか、「リセット」の4文字がどれだけ悲しい言葉とともに紡がれたかを理解していれば到底そんな安易な発想は出てこないのではなかろうか。
よく攻撃の的になったバイオハザードなんかもインクリボンの数でセーブ回数自体が制限されているわけで、リセットの苦悩を回避するため必死で分析してセーブポイントを把握するゲーマーがセーブポイントのない世界に同じゲーム感覚を持ち込むというのは辻褄が合わないし、それでもやり直せること自体が許せない人たちはもう真剣使ってフルコンタクトルールで剣道やってろとしか言えない。


*1:スティグマ→捨て熊。吾輩はよくこう呼んでる。

*2:どうでもいいけどここで一発目に「心剣」と変換されてちょっとアレな気分になった。