抜けてみて分かる、髪は長い友だち。

と見せかけて実は下の部分は本来「友」という字ではなかったという話を読んだ覚えがある。多分塾の国語のテキスト。
国語のテキストといえば吾輩はよく森本哲郎を連想する。当時問題でわりと頻繁に見かけた*1文章が好きだったためこの人の日本語に関する本を買って読んだりしていたのだが、今にして思うとこれは吾輩が言葉に対して妙な拘りを持っている原因の一端なのやもしれない。本の影響というものはかなり大きいと思う。
まあ吾輩に最も大きな影響を与えた本は太宰の「人間失格」なのだけど。あの本を初めて読んだときあまりに同調しすぎたため一緒に壊れてしまったことが、吾輩の今までの人生の中で最大の転機だと思う。元々人と変わったところが無かったわけではないが、今のような人格が出来上がってしまったのはあれを読んで一度壊れたものを一人で再構築した結果である。高校のとき国語教師から「以前太宰の人間失格を読んで壊れてしまった生徒がいた」という話を聞いたことがあるので、これは吾輩だけではないらしい。


とまあそんなわけで、散髪に行ってきた。(何)


*1:初めて目にしたのは小学生の頃だと思うが、吾輩の通ってた高校の入試問題でも森本哲郎が過去数年のうちに二回使われていたりしたのには驚いた。